なぜ米国の通貨供給量は、飛躍的に増加したのか?
- 山木戸啓治
- 6月18日
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米国の通貨供給量M2の推移

通貨供給量の伸び率は歴史的水準に上昇
米国の通貨供給量(注1)は2020年2月の15兆ドル近辺から、急激に増加し2022年4月中旬のピーク時には22兆ドル強に達しました。 FRBが金融市場に緊急の流動性供給を行ったことで、M2はコロナ禍で40%余り急増しました。1960年の統計開始以来で、通貨供給量の伸び率が最も高くなりました。
(注1)米国の通貨供給量はM1(現金通貨、トラベラーズチェック、要求払預金、その他当座預金など)とM2(M1+貯蓄預金、小口定期預金、MMFなど)に区分され、M2はより広い意味での通貨供給量を示します。
FRB(米連邦準備制度理事会)は企業の資金調達リスクが高まった場合には、通貨供給量を増加させて資金調達を支援します。通貨供給量が増加すると、銀行は貸し出しを増やすことができるようになります。貸し出しの増加は企業が投資を増やす選択肢を可能にし、経済成長を促進します。
通貨供給量は概ね経済規模に応じて、伸びていました。コロナ禍で2020年3月から2022年4月にかけての2年間の通貨供給量の伸び率は、かってないペースで加速しました。その背景にあったのが、2020年3月のFRBによる量的緩和政策(Quantitative easing)の導入です。新型コロナウイルスによる経済への悪影響を、軽減するためのFRBによる大規模な流動性供給策でした。
FRBは無制限の量的緩和で、財務省証券、政府機関債や政府系住宅ローン担保証券(MBS)を買い付けました。加えて、景気刺激策として様々な流動性供給策を、迅速かつ大規模に断行しました。
グラフのようにM1が急速に拡大することは、お金が貯蓄に回るのではなく、経済内で流通していることを示します。人々の経済に対する信頼感が高まり、可処分所得を増やして消費を増加する時に起こります。
通貨量が過度に増えることで、需要の増加に見合う供給が追い付かないケースが発生します。通貨供給量の増加が過剰である場合、インフレーションのリスクが高まります。FRBは通常通貨供給量の増加率を監視し、必要に応じて金融政策を調整すると考えられます。
「経済が金利の影響を受けにくくなっているかもしれない」FRBパウエル議長(2023年10月19日)
FRBが政策金利の利上げを開始してから約2年を経過しても、なお米国景気が強さを保っているのはなぜでしょうか。企業の低金利な手元資金と個人の30年固定金利の住宅ローンを背景に、金利が上昇しても経済活動が減速しなかったと考えられます。
FRBは2020年春からのコロナ禍で、ゼロ金利政策を2年間にわたり続けました。あわせて財務省証券などを大量に購入する量的緩和も、超低金利環境を生み出してきました。その間企業は低い固定金利で社債や銀行借り入れを増やしましたので、利払い負担はさほど高まりません。アメリカでは個人の住宅ローンは「30年固定金利」で組むのが一般的です。住宅ローンの固定金利利用率は9割以上となっていますので、既存のローンの利払い負担は高まりません。
FRBのバランスシートの推移


FRBは政策金利の引き上げに加えて2022年6月からは、金融の量的引き締め政策(Quantitative tightening)を開始しました。償還に伴う保有証券の減少の月間上限を米国債は300億ドル、住宅ローン担保証券は175億ドルとしました。
2022年9月には償還に伴う保有証券の減少の月間上限を、米国債は600億ドル、住宅ローン担保証券は350億ドルに引き上げました。財務省証券と住宅ローン担保証券を月間950億ドル上限のペースで、償還に伴う減少を通じてバランスシートを圧縮しました。
FRBの金融の量的引き締め政策の方法は自動操縦と言われます。満期が来た保有債券は再購入しないことで、償還に伴う保有残高の自然減をはかりました。受動的引き締め(passive tightening)と呼ばれます。
量的引き締め政策はFRBの保有資産の規模縮小を図ることにより、経済に流通するお金の供給量を減らし資金の流れを細らせます。経済活動全般の水準を引き下げるために用いる、収縮的な金融政策です。企業は銀行から資金を借りにくくなるため、経済活動が抑制され設備投資も手控えられます。40年ぶりの高インフレに対応するために、1980年代以降で最速の利上げと資産圧縮という二重の引き締めをしました。
2024年6月のFOMC(米連邦公開市場委員会)では方針を転換し、量的引き締めであるバランスシート圧縮のペースを減速させるとしました。米国債の償還に伴う保有証券減少のペースである月間最大600億ドルの上限を、250億ドルに減らしました。住宅ローン担保証券の償還に伴う保有証券減少のペースは、月間最大350億ドル相当を維持します。2025年3月のFOMCでは、米国債の償還に伴う縮小ペースをこれまでの、月間250億ドルから50億ドルに引き下げました。住宅ローン担保証券の縮小ペースは、月間最大350億ドルを維持します。リスク資産価格を抑える効果を持つ量的引き締めは、減速する方針を固めています。
米国の通貨供給量の週刊ベースの推移

(出典)M1 and M2 Series and Components, Weekly - in billions
2023年10月末には米国の通貨供給量のM2は、20兆552億ドルとピーク比約6.8%減少しました。その後、M2は増加に転じて2025年4月には、ピーク時の22兆ドルを上回る水準まで回復しています。
通貨供給量の増加は、一般的に経済活動の活性化を促すとされています。市場に流通するお金が増えることで、企業は投資を拡大しやすくなり個人消費も増加する傾向があります。
通貨供給量が増加するケースには、財およびサービスの価格の上昇を伴なうことがありますので注意が必要です。
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