米国の通貨供給量M2の推移
米国の通貨供給量の伸び率は歴史的水準に上昇
米国の通貨供給量M2(注1)は2020年2月の15兆4千億ドル近辺から、急激に増加し2022年4月中旬のピーク時には22兆0508億ドルに達しました。FRBが金融市場に緊急の流動性供給を行ったことで、M2はコロナ禍で40%余り急増しました。1960年の統計開始以来で、通貨供給量の伸び率が最も高くなりました。
通貨供給量は、これまで概ね経済規模に応じて伸びています。コロナ禍で2020年3月から2022年4月の2年間の通貨供給量の伸び率は、かってないペースで加速しました。
(注1)米国の通貨供給量はM1(現金通貨、トラベラーズチェック、要求払預金、その他当座預金など)とM2(M1+貯蓄預金、小口定期預金、MMFなど)に区分され、M2はより広い意味での通貨供給量を示します。
その背景にあったのが、2020年3月からのFRB(米連邦準備制度理事会)による量的緩和政策の導入です。新型コロナウイルスによる経済への悪影響を軽減するためのFRBによる大規模な流動性供給策でした。FRBは無制限の量的緩和で、財務省証券、政府機関債や政府系住宅ローン担保証券を買い付けました。加えて、景気刺激策として様々な流動性供給策を迅速かつ大規模に断行しました。結果として増えた通貨供給量の増加が、株式などのリスク資産価格の押し上げに寄与したと考えられます。
「経済が金利の影響を受けにくくなっているかもしれない」FRBパウエル議長(2023年10月19日)
FRBが政策金利の利上げを開始してから約2年を経過しても、なお米国景気が強さを保っているのはなぜか。
FRBは2020年春のコロナ禍で、ゼロ金利政策を2年間続けました。あわせて財務省証券などを大量に購入する量的緩和も、超低金利環境を生み出してきました。その間、企業は低い固定金利で社債や銀行借り入れを増やしましたので、利払い負担はさほど高まりません。アメリカでは個人の住宅ローンは「30年固定金利」で組むのが一般的です。住宅ローンの固定金利利用率は9割以上となっていますので、既存のローンの利払い負担は高まっていません。
FRBは企業の資金調達リスクが高まった場合には、通貨供給量を増加させて資金調達を支援できます。通貨供給量が増加すると、銀行が貸し出しを増やすことができます。貸し出しの増加は、企業や個人が投資を増やすことを可能にし、経済成長を促進します。
通貨供給量の増加が過剰である場合、インフレーションのリスクが高まります。FRBは通常、通貨供給量の増加率を監視し、必要に応じて金融政策を調整します。
米国の通貨供給量は徐々に減少している
(出典)M1, M2 and other Release Data, Monthly -in billions [csv, All Observations, 128.3 KB ] https://www.federalreserve.gov/datadownload/Choose.aspx?rel=H6
2023年12月にはM2は、20兆9752億ドルとピーク比約4.1%減少し、2年連続前年比で減少しました。
FRBは政策金利の引き上げに加えて、2022年6月から金融の量的引き締め政策(Quantitative Tightening)を開始しました。景気刺激策で市場から買い入れた財務省証券、政府機関債、政府系住宅金融会社の住宅ローン担保証券の保有を削減します。
削減のペースは2022年9月以降、米財務省証券が月間最大600億ドル相当、住宅ローン担保証券を同350億ドル相当としています。財務省証券と住宅ローン担保証券を月間950億ドル上限のペースで、償還に伴う減少を通じてバランスシートを圧縮しています。
FRBの金融の量的引き締め政策の方法は自動操縦と言われます。満期が来た保有債券は再購入しないことで、償還に伴う保有残高の自然減をはかっています。受動的引き締め(passive tightening)とも呼ばれます。
量的引き締め政策は、保有資産の規模縮小を図ることにより、世の中に流通するお金の供給量を減らし、資金の流れを細らせます。経済活動全般の水準を引き下げるために用いる収縮的な金融政策です。企業は銀行から資金を借りにくくなるため、経済活動が抑制され、設備投資も手控えられると考えられます。融資の厳格化の影響から、金融市場で資金供給が細る信用収縮は時間をかけて徐々におこると考えられます。
経済の血流となる銀行融資が急減しています。資産規模の大きい米銀上位25行の融資残高は、前年同月比0.3%増まで減少しています。大手銀行の融資残高の増加率は、1年前の10%超から急ブレーキがかかっているようにみえます。新型コロナウイルス禍以来の2年ぶりの前年比マイナスへの転換が迫っています。これは高金利の環境が続き、家計や企業の借り入れ需要が減っているためと考えられます。企業の低金利で豊富な手元資金と個人の30年固定金利の住宅ローンを背景に、金利が上昇しても経済活動が減速しなかったと考えられます。収縮的な金融政策で銀行の貸し出し姿勢は厳格化し始めています。2024年に企業が借り入れを増やして、設備投資を拡大することは期待しにくいと考えられます。
FRBが米地銀危機に際して作った緊急融資制度
銀行ターム・ファンディング・プログラム融資残高
(出典)Bank Term Funding Program, Net: Wednesday Level
FRBは緊急融資制度として銀行ターム・ファンディング・プログラム(BTFP)を、米国の地銀危機、シリコンバレー破綻直後の2023年3に導入しました。この制度では銀行や信用組合など預金取扱機関に対し、最長1年の融資を行うことができました。
このプログラムの重要な要素は、米国債や住宅ローン担保証券(MBS)を含む適格担保が「額面」で評価されることです。銀行等が含み損を抱えた債券を担保に差し入れても、額面で評価して融資する破格の条件です。これにより銀行等は価値の下がった有価証券を時価評価することなく、担保に提供して資金を確保できます。FRBは「質の高い証券を担保にする流動性の追加供給源となり、金融機関がストレス時にこれらの証券を迅速に売却する必要性がなくなる」と説明しています。
2024年3月初旬時点の残高は1674億ドル(約25兆円)と最高水準になっていました。緊急融資制度として金融の量的引き締め政策の動向で注目が集まっていました。金融システムの動揺を防ぐ目的で導入した緊急貸出制度は、金融不安の後退を理由に、予定通り2024年3月11日で正式に終了しました。2024年3月20日時点の残高は、1502億ドルと減少しました。
40年ぶりの高インフレに対応するために、1980年代以降で最速の利上げと資産圧縮という二重の引き締めを続けてきました。
懸念された景気後退が訪れなかったことで、方向転換に時間をかける余裕が生まれています。コロナ危機への対応でFRBが供給した緩和マネーが、依然として金融市場に滞留しているようにも見えます。
3月20日のFOMCでは、リスク資産価格を抑える効果を持つ量的引き締め(QT)を、近く減速する方針を固めました。FRBのパウエル議長は、量的引き締め(QT)のペースを、かなり早いうちに緩めることが、適切になるとしています。市場の混乱を招かないように、慎重に圧縮を続けるための措置と説明しています。
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